臨床検査医学科インタビュー
INTERVIEW
臨床検査医学科 診療科長
田中 朝志
[専門領域]血液凝固異常症
かつては寿命が20歳とされていた血友病を始めとする血液凝固異常症。現代では新薬による出血予防管理により、スポーツを楽しめ天寿をまっとうできる疾患へと認識が大きく変化した。しかし、非専門家にとって確定診断を下しにくい希少疾患であることには変わらない。今回は多摩地区の血液凝固異常症患者を一手に引き受け、より広いケアを提供しようと奮闘する東京医科大学 八王子医療センター 臨床検査医学科 診療科長の田中朝志先生に診療への思いをうかがった。
1986年に東京医科大学病院の臨床検査医学科に入局し、血液凝固異常症の臨床・研究に30年以上携わってきました。血液凝固異常症とは、血友病やフォン・ヴィレブランド病に代表される、出血しやすい、血が止まりにくい、あるいは血栓ができやすいといった症状の希少疾患です。発生頻度の高めな疾患であっても、血友病Aの患者数は全国で5,000人、フォン・ヴィレブランド病では2~3,000人程度です。種類も多く、後天性の場合は血液検査でも判断がつきづらいケースもあり、見逃されがちな疾患です。
希少疾患のために診察を行っている病院が少ないのも特徴です。多摩地区では八王子医療センターがエリアの患者さんを一手に引き受けています。2018年の外来診療での延べ患者実績は、血友病A 109名、血友病B 24名、後天性血友病 20名、その他の凝固因子欠乏症 24名、プロテインS欠乏症 13名、フォン・ヴィレブランド病 11名、ATIII欠乏症 5名、その他 29名(プロテインC欠乏症、抗リン脂質抗体症候群、慢性DICなど)です。血液凝固系疾患の多様さが伝わるでしょうか。
血液凝固異常症は、疾患を疑うことができればルーチン検査によって比較的診断しやすい疾患です。しかし、まったく見当がつかない状況では診断が難しいケースも多くあります。同じ血友病でも凝固因子の活性によって軽症~重症型と分類されますが、症状に乏しい場合は発見されづらく、1回の検査でも確定できないケースも少なくありません。このような場合、最大の手がかりとなるのは患者さんの主訴です。代表的な主訴としては、出血が止まりづらい、出血を繰り返す、貧血、女性の場合は月経過多などです。出血といっても大出血ではなく、じわじわとした出血が1週間くらい続いたり、一度止まったのにまた出血していたりといった慢性的な症状として現れます。
後天性の場合は凝固因子に対する抗体ができてしまう自己免疫疾患として発症するケースが多くみられます。関節リウマチや全身性エリテマトーデスを基礎疾患としてお持ちの患者さんに合併することもあります。特に、免疫機能に変調が見られる高齢者に多い特徴があります。
血液の疾患ですので、血液内科が診療の入り口となるケースが一般的です。ただ、血液内科が扱う主要疾患は白血病や多発性骨髄腫といった血液のガンです。血液凝固異常症は症例が少なく、凝固因子と治療法について深い知識が求められるため、血液内科の先生であっても対応が難しい面があると伺っています。実際血液内科の先生からご相談やご紹介を受けることも少なくありません。現在、血液凝固異常症は専門知識のある医師へ紹介することが多くなっています。
血液凝固異常症の専門医とそれ以外の先生による診断の違いは、問診の掘り下げ方に顕著に現れます。遺伝性の疾患も含まれることから、以前の既往歴や服薬歴、生まれてから今までの出血症状、家族歴などを洗いざらい詳細に聞くように心がけています。出血症状や傾向をご家族とも共有でき、治療方針へと織り込めます。
同じ質問でも表現を変えて2回3回と重ねて伺い、必要と判断したら保険適応外の検査も行います。専門外の先生でしたら、適応外の検査をオーダーする判断基準が曖昧ではないかと思われます。そこに踏み込むかどうかが、確定診断にたどり着く精度につながります。
血液凝固異常症の治療も他の疾患と同様に早期発見・早期介入が望ましく、後天性の場合7割の患者さんで寛解が期待できます。早期介入すると投薬も少ない種類で済み、すみやかに出血が止まり全身への影響も少ないためです。血液凝固系は全身と複雑に絡み合っており、治療が遅れるとさまざまな症状を引き起こし悪循環に陥ってしまいます。私の印象では、2、3日の経過観察は許容範囲のこともありますが1カ月では遅いことが多いです。血液凝固異常症が疑われる場合はお気軽にご相談いただければと思います。
寛解に至りにくい3割の患者さんには、難治性のほか、がんなどの基礎疾患をお持ちの方が含まれます。例えばがん患者さんでは、投薬治療の副作用としての血小板減少や、反対にがん細胞から分泌される成分による血液凝固能の亢進が知られています。合併症の場合は原疾患の治療を進めて凝固異常をコントロールしていきます。
血友病の治療は劇的に進歩しました。毎年のように新薬が生まれて治療法が変わる日進月歩の世界です。かつての標準的な治療法は、出血したときに血液凝固第VIII因子を濃縮した血液製剤を静脈注射で投与することでした。しかし今の標準治療は、静かに病気を進行させる微小出血を抑制する予防的な定期補充療法に移行しています。また、血液製剤以外に第VIII因子の機能を代替する抗体薬が誕生し、皮下注射で投与可能になりました。静脈血管確保の必要がなくなり、投与回数も最大で週に3回から月に1度まで減らせたケースもあり、患者さんとご家族の負担が軽減されQOL (Quality of Life) が大きく改善しました。
後天性の凝固因子欠乏症で自己免疫疾患と診断された場合は、免疫抑制剤の投与が基本です。症状が重い患者さんへは複数薬剤を投与します。当院には患者さんに必要な薬剤を全てそろえています。転院で来られる方も安心してお越しください。
かつては大変予後が悪く、成人するのも難しい疾患と言われていた血友病ですが、現在では天寿を全うできる疾患へと変わりました。出血予防コントロールのおかげで、サッカーや野球などを楽しむことも可能です。患者さんのライフスタイルや価値観に合わせて、柔軟に治療方針を決定します。
一方で、予後が向上するにつれ、患者さんの加齢に伴う課題が浮き彫りになってきました。かつての不十分な止血管理治療で、血友病性関節症を患っている方が非常に多いのです。筋力や関節可動域の維持にはリハビリテーションが有効で、血友病患者さんの病態を深く理解した整形外科の先生や理学療法士との連携が重要と考えています。
肘関節の可動域低下によって歯磨きがしにくい、あるいは歯磨き時の出血を避けるために不十分なブラッシングを継続した結果、虫歯や歯周病が進行した方が多いのも特徴です。口腔環境の悪化は歯茎からの出血を招いてしまいますし、大切な歯を失う原因にもなります。口腔外科とも密に連携を取り患者さんの口腔環境の改善に気を配っています。
また血友病は遺伝するため、結婚をためらってしまい一人暮らしで生活に負担を感じている方や、身体の動きに制限があるため就職しづらい方、偏見や差別を経験された方など深い悩みを抱えている患者さんもいらっしゃいます。そのような方に手を差し伸べるケースワーカーや臨床心理士との連携が欠かせません。単なる予後の向上に留まらず、患者さんが安心して人生を送れるよう、包括医療を進めてまいります。
血液凝固異常症は定期的な通院・投薬が必要な慢性疾患のため、通いやすさや転居時のシームレスな紹介連携が重要です。血栓止血学会は血友病患者さんの円滑な診療を目指して、血友病診療施設の連携体制を整えました。おかげさまで豊富な診療例を評価していただき、八王子医療センターは地域中核病院の認定を受けております。関東甲信越ブロックの拠点病院である東京医科大学や荻窪病院とも連携を取りながら、患者さんに寄り添った治療を提供できる環境を整えています。少しでも不安に思われたら、お気軽にご相談・ご紹介いただけたらと思います。
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